元少年隊で俳優の東山紀之さんは、2026年9月30日に60歳になりました(Wikipedia)。10月には還暦祝いの集合写真が公開され、真っ赤なコートでほほ笑む姿が話題になっています(THE FIRST TIMES)。
その東山さんについて検索すると、「顔変わった」「顔タイプ」「若い頃」「昔の写真」「少年隊 昔」といった言葉が並びます。15歳のドラマデビュー、19歳の少年隊デビュー、“しょうゆ顔”と呼ばれた1980年代後半、時代劇の主演を重ねた40代、そして60歳の現在まで。顔の印象がどう語られてきたのかを、本人の言葉と報道で年代順にたどりました。
最新の東山紀之:60歳、還暦祝いの赤いコートと「変わらない」近影
東山さんは1966年9月30日生まれで、神奈川県川崎市の出身です(Wikipedia)。2023年12月31日をもって、芸能活動を引退しています(Wikipedia)。
引退してからは、公の場に出ることがほとんどなくなりました(Smart FLASH)。そのなかで2026年6月14日、さだまさしさんがインスタグラムに東山さんとの2ショットを載せました。6月10日・11日の東京国際フォーラムでの公演のあとに、舞台裏の交流として載せた写真のひとつです(ねとらぼ)。
ねとらぼは、その姿を「キャップとメガネまでブラックで統一した主張の少ない服装ですが、以前と変わらないキリッとした顔つきが印象的です。」と伝えています(ねとらぼ)。
ピンズバNEWSも「顔の雰囲気も、引退前とほとんど変わっていないように見える」と書きました。ファンからは「ヒガシ全然変わってないのスゴっ」という声が寄せられています(ピンズバNEWS)。
9月30日に60歳を迎えると、10月には還暦祝いの写真が公開されました。THE FIRST TIMESによると、「東山は還暦らしく真っ赤なコートをまとい、」サングラス姿で「ニッコリ微笑んでいる。」とのことです。コメント欄には「ヒガシさん還暦コートお似合い」「自然体な笑顔が素敵」という声が届きました(THE FIRST TIMES)。
西スポWEB OTTO!が紹介したネットの声には、「60歳で、表舞台から3年離れてこのビジュアルはすごい」というものもあります(西スポWEB OTTO!)。
3月に公開されたAll About ニュースの調査では、「今年60歳と知って驚いた男性俳優」で1位(153票)に選ばれました。回答には「見た目が全く変わらないので50代かと思ったから」「いつまでも若く、昔から変わっていないイメージがある」という声もあります(All About ニュース)。
15〜19歳:ドラマデビューから、少年隊の『仮面舞踏会』へ
東山さんは1979年に事務所に入りました(スポーツ報知)。1982年4月、15歳でドラマ「ピンキーパンチ大逆転」にレギュラー出演します。1983年10月にはドラマで初主演。12月公開の映画『あいつとララバイ』で、17歳で映画デビューしました(シネマトゥデイ)。
1985年12月12日、19歳で少年隊として『仮面舞踏会』でレコードデビューしました(Wikipedia)。日本レコード大賞の最優秀新人賞も受けています(スポーツ報知)。
世代・トレンド評論家の牛窪恵さんは、デビュー当時を「少年隊が『仮面舞踏会』でデビューしたとき、3人ともバク転、バク宙ができ、マイクを投げてキャッチをするなど」と振り返ります。そのうえで東山さんを「ヒガシは冷静であまりしゃべらない王子様キャラ。」と表しました(女性自身)。
1986年、20歳で初めて紅白歌合戦に出たときのことです。審査員だった森光子さんから、舞台の袖で「私はあなたのファンなんです。踊りが大好きなんです」と声をかけられたそうです(スポーツ報知)。
20〜22歳:1980年代後半、“しょうゆ顔”の代名詞に
東山さんの顔のタイプとして知られるのが「しょうゆ顔」です。女性自身は「’80年代後期には、ヒガシが“しょうゆ顔”の代名詞に。」と書いています(女性自身)。
牛窪さんによると、それまでは「日焼け肌も多く力強い印象の“ソース顔”が人気でした」。そこから「時代の移り変わりとともに、ヒガシのようなシュッとしたあっさり顔が注目を集めるようになりました。」と説明しています。さらに「海外からも“ジャパンビューティ”と評されるようになったのです」とも話しました(女性自身)。
1988年には、ベストジーニスト賞の一般選出部門に選ばれています(Wikipedia)。
時代劇との出会いも、このころです。1987年10月のドラマ「新選組」で、沖田総司を演じました(シネマトゥデイ)。このとき出会った松方弘樹さんからは、「刀の使い方から着物の着方から、ありとあらゆることを学んだ」と話しています(スポーツ報知)。
23〜39歳:源義経、光源氏、大河『琉球の風』の主演
20代は、時代劇の主役が続きました。1990年1月のドラマ「源義経」で源義経を演じます。1991年12月と1992年1月の「源氏物語」では光源氏を演じました(シネマトゥデイ)。
1993年、26歳でNHK大河ドラマ『琉球の風』に主演しました。所属事務所のタレントとして、初めての大河ドラマ主演です(スポーツ報知)。同じ年には、ベストドレッサー賞のスポーツ・芸能部門も受けています(Wikipedia)。
1991年4月公開の『本気(マジ)!』は、24歳で迎えた映画の単独初主演作です。1995年の「ザ・シェフ」、1996年の「Dear ウーマン」と、連続ドラマでも主演を重ねました(シネマトゥデイ)。
1999年の大河ドラマ『元禄繚乱』では、浅野内匠頭を演じました(マイナビニュース)。シネマトゥデイは、この時期を「青年期には沖田総司や源義経を舞台やドラマで演じ」と振り返っています(シネマトゥデイ)。
2005年2月公開の映画『MAKOTO』で主演し、2006年1月からはドラマ「喰いタン」で高野聖也を演じています(シネマトゥデイ)。
40〜44歳:『必殺仕事人』の渡辺小五郎と、映画『山桜』
2007年7月7日、40歳で『必殺仕事人2007』に主演し、渡辺小五郎を演じました(Wikipedia)。ORICON NEWSは、このシリーズについて「2007年に東山主演の“必殺シリーズ”として復活」と書いています(ORICON NEWS)。
シネマトゥデイは、東山さんを「所作が美しい俳優だ。」と評しました。さらに「時代劇ならではの立ち居振る舞いや殺陣において、東山の美しい所作はひときわ映える。」と書いています(シネマトゥデイ)。
2008年5月公開の映画『山桜』では、41歳で剣の名手・手塚弥一郎を演じました。シネマトゥデイは「剣の名手を演じた『山桜』は、そうした東山の魅力が存分に活かされていた。」と書いています(シネマトゥデイ)。2009年には、日本映画批評家大賞の主演男優賞を受けました(Wikipedia)。
2011年7月公開の『小川の辺』でも、『山桜』に続いて剣の名手を演じています(シネマトゥデイ)。この年には、2度目のベストドレッサー賞も受けました(Wikipedia)。
48〜54歳:『刑事7人』と、「昔から見た目が全然変わらない」
2015年7月、48歳で『刑事7人』の主演・天樹悠役を務めます。2017年10月からは、『サンデーLIVE!!』の司会も担当しました(Wikipedia)。
50歳を前にした2016年8月の記事では、「気持ちはデビューした19歳のときと同じ」と紹介されています。俳優としては「これから人間の深さみたいなものが出せる役がいっぱい来てくれるような気がする。」と話しました(スポーツ報知)。
2020年12月20日、54歳で『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演しました。WEBザテレビジョンは、東山さんが「実年齢にびっくりしたジャニーズ」というランキングで1位に選ばれたと紹介しています。そして「常に完璧で、昔から見た目が全然変わらないことで知られる東山。」と書きました(WEBザテレビジョン)。
2021年1月公開の映画『おとなの事情 スマホをのぞいたら』では、コメディーに挑んでいます。シネマトゥデイは「深みのある声、きりりとした真面目な口調、なによりその端正な顔立ちで演じるからこそのアンマッチが、不思議とハマる。」と書きました(シネマトゥデイ)。
55〜57歳:着物姿の『必殺仕事人』と、最後のステージ
2022年1月の『必殺仕事人』の制作発表には、出演者7人が「新年らしく、着物に身を包み」登場しました。シリーズ15年目について、本人は「『この作品で2022年が始まるんだ』という引き締まった思いです」と話しています(ORICON NEWS)。
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▶ 再生
▶ 再生
▶ 再生2023年12月26日、57歳の東山さんは都内のホテルでディナーショーを開きました。21年ぶりのディナーショーで、白えんび服姿で客席から登場しています(ENCOUNT)。
ステージのスクリーンには、「現在の姿とデビュー当時の初々しい東山の写真がオーバーラップするように映し出され」ました。本人は「1985年にデビューして38年。良き時も大変な時も、常に励まし、支えてくれて本当にありがとう。」とファンに語りかけています(ENCOUNT)。
最後は「お元気で。さようなら!」と言いながら手を大きく振り、笑顔のままステージを後にしました(ENCOUNT)。
ENCOUNTによると、「タレントとして表舞台に登場する機会は、この日が最後になった。」とのことです。3日後の12月29日には、主演の『必殺仕事人』が放送されました(ENCOUNT)。
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▶ 再生東山紀之の顔は変わった?「しょうゆ顔」から60歳までを整理
本人が整形を公表した事実はありません。
報道と本人の言葉で、見た目について書かれてきたことを並べると次のとおりです。
| 時期 | 年齢 | 報道・本人の言葉 |
|---|---|---|
| 1985年 | 19歳 | 少年隊でデビュー。「王子様キャラ」(女性自身) |
| 1980年代後半 | 20〜22歳 | “しょうゆ顔”の代名詞に。海外からは「ジャパンビューティ」(女性自身) |
| 2007年〜 | 40歳〜 | 時代劇で「美しい所作」(シネマトゥデイ) |
| 2016年 | 49歳 | 「気持ちはデビューした19歳のときと同じ」(スポーツ報知) |
| 2020年 | 54歳 | 「実年齢にびっくりしたジャニーズ」1位(WEBザテレビジョン) |
| 2021年 | 54歳 | 「端正な顔立ち」(シネマトゥデイ) |
| 2026年3月 | 59歳 | 「今年60歳と知って驚いた男性俳優」1位(All About ニュース) |
| 2026年6月 | 59歳 | 「以前と変わらないキリッとした顔つき」(ねとらぼ) |
| 2026年10月 | 60歳 | 還暦祝いの真っ赤なコートとサングラス(THE FIRST TIMES) |
「顔変わった」と検索される一方で、報道に並ぶのは「変わらない」という言葉です。2020年には「昔から見た目が全然変わらない」と書かれ(WEBザテレビジョン)、2026年にも「以前と変わらないキリッとした顔つき」と書かれています(ねとらぼ)。
報道からわかる移り変わりは、顔そのものより役と装いです。10代のアイドル、20代の“しょうゆ顔”の王子様。40代からは着物の時代劇が増え、2026年はキャップとメガネ、還暦の赤いコートでした。「顔が変わった」と感じるのは、40年分の役と装いの違いを並べて見るからと言えそうです。
顔のタイプで言えば、1980年代後半から“しょうゆ顔”の代表とされてきました(女性自身)。
まとめ:東山紀之の顔の変遷(年表)
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1966年 | 0歳 | 9月30日生まれ(神奈川県川崎市出身) |
| 1979年 | 12歳 | 事務所に入る |
| 1982年 | 15歳 | ドラマ「ピンキーパンチ大逆転」にレギュラー出演 |
| 1983年 | 17歳 | ドラマ初主演、映画『あいつとララバイ』で映画デビュー |
| 1985年 | 19歳 | 12月12日、少年隊『仮面舞踏会』でレコードデビュー |
| 1986年 | 20歳 | 紅白歌合戦に初出場 |
| 1987〜1988年 | 21〜22歳 | 「新選組」で沖田総司。“しょうゆ顔”の代名詞に。ベストジーニスト賞 |
| 1990〜1993年 | 23〜26歳 | 源義経、光源氏。大河『琉球の風』に主演、ベストドレッサー賞 |
| 2007年 | 40歳 | 『必殺仕事人2007』で渡辺小五郎に |
| 2008〜2011年 | 41〜44歳 | 映画『山桜』(日本映画批評家大賞 主演男優賞)、『小川の辺』 |
| 2015年 | 48歳 | 『刑事7人』の主演 |
| 2020年 | 54歳 | 『おしゃれイズム』で「実年齢にびっくりしたジャニーズ」1位と紹介 |
| 2023年 | 57歳 | 12月26日に最後のステージ、29日に最後のテレビ出演。12月31日に芸能活動を引退 |
| 2026年 | 59〜60歳 | 6月にさだまさしさんのインスタグラムに近影。9月30日に60歳、10月に還暦祝いの写真 |

