タレントでデザイナーの神田うのさん(51歳)は、2026年10月8日、麻木久仁子さんと20年ぶりに再会したことをインスタグラムで報告しました。「若かりし頃ホントに良く番組でご一緒していた麻木さん」とつづっています(よろず~ニュース)。
その神田うのさんについて検索すると、「顔変わった」「整形前」「整形後」「若い頃」「全盛期」といった言葉が並びます。14歳でモデル事務所に入り、10代で『プチセブン』のモデルに。19歳のころには『笑っていいとも!』などのバラエティ番組で人気になりました。その若い頃から51歳の現在まで、顔の印象がどう変わってきたのかを、報道と公式の動画で年代順にたどりました。
最新の神田うの:51歳、まつ毛と前髪と「50代からの雑誌」
神田うのさんは1975年3月28日生まれ、東京都目黒区の出身です(Wikipedia)。
2026年1月20日(50歳)には、アンバサダーを務めるオイル「YURiiRO」のPRイベントに登場し、毎日のスキンケアを明かしました。朝は「先にお風呂に入って、ご飯を食べる前にお肌のケアをする。パックを外す頃に食べ始めるって感じです」という流れだそうです。移動の時間も使い、「移動中も時間がもったいないので、パックをするんです。飛行機内でも新幹線でもします。」と話しました。日傘については「焼けないように気を付けるけど、人生メリハリです!」と笑っています(ANNnewsCH)。
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▶ 再生4月24日には、小学館のムック『ReShine』春夏号に載ったことを報告しました。「50代からの雑誌という事で私もお仲間に入れて頂きましたよ」とつづっています(All About ニュース)。
5月19日までの投稿では、新しい番組の収録のために自分で選んだ服を紹介しました。約四半世紀前のディオールのコートを着て、「モデルにスカウトされていなかったらきっとスタイリストになっていたと思う」と書いています(LIMO)。
5月25日までの投稿では、まつ毛の新しい施術を試しました。「エクステよりもナチュラルに仕上がるのが今1番新しいとされている『アンドヘルシー』というものだそう。とりあえずやってみたよ」とつづり、記事は「くるんとカールしたまつ毛」と伝えています(スポーツ報知)。
6月15日までには、茶道のお茶名を受けたと報告しました。「お茶のお稽古を始めてちょうど23年。細く長く続けてきたらこんなご褒美を頂けました」。このときの写真について、記事は「きれいに切り揃えられた前髪でナチュラルで若々しい印象に。」と書いています(LIMO)。
10月の麻木さんとの再会の投稿では、相手のことを「変わらずチャキチャキでチャーミングなままでした」とたたえました(スポーツ報知)。
14〜18歳:モデル事務所に入り、『プチセブン』と篠山紀信さんの撮影
5歳でバレエを始めた神田さんは、14歳(1989年)でモデル事務所のスペースクラフト・エンタテインメントに入りました。広告のモデルを経て、17歳で雑誌『プチセブン』(小学館)のモデルとしてデビューしています(Wikipedia)。
2020年にこの事務所を離れたときには、「14歳から所属させて頂き、これまでたくさんのことを勉強させて頂きました。」と報告しました(デイリースポーツ)。
『プチセブン』のモデル仲間とは、今も交流があります。2024年9月には、ほしのあきさんが神田さんやSHIHOさんらとの「プチモ会」を報告しました。神田さんも「だね〜嬉しかったよ〜」と返し、ファンからは「青春時代懐かしい」という声が寄せられています(モデルプレス)。
18歳のころの写真は、2024年1月に本人が公開しています。写真家の篠山紀信さんを悼む投稿で、「篠先生とは今から30年前まだモデルをしていた18歳の時に出逢いました」とつづりました。篠山さんのスタジオでの撮影を、「私はトーシューズを履いて伸び伸びと踊り(撮影し)ました。」と振り返っています。7枚の写真には、バレエのポーズをとったものもありました(All About ニュース)。
19〜22歳:『笑っていいとも!』の時代、デビュー曲とネイルクイーン
1994年ごろからは、『森田一義アワー 笑っていいとも!』や『オールナイトフジR』(ともにフジテレビ系)などのバラエティ番組でも活躍し、幅広い世代に知られる存在になりました(SmartFLASH)。『学校では教えてくれないこと!!』や『タモリのSuperボキャブラ天国』にも出ています(Wikipedia)。
1994年には、デビュー曲『JESUS!JESUS!』を出しました。2014年のイベントで本人は、恵比寿ガーデンプレイスについて「(1994年のデビュー曲)『JESUS!JESUS!』の19歳の頃から10代、20代、30代と利用している。」と話しています(MANTAN TV)。
19歳で初めてドラマに出たころのことを、ORICON NEWSは「既に“神田うの”が全国区で認知されていた時代、バラエティーの収録やファッション誌の撮影が1日に何本も入り、多忙を極めていた。」と書いています(ORICON NEWS)。
1995年(20歳)には、ゴールデン・アロー賞の新人賞を受けました(Wikipedia)。1997年度には、ネイルが似合う著名人に贈られるネイルクイーンに選ばれています(日本ネイリスト協会)。
24〜29歳:『ナースのお仕事3』と、デザイナーとしての活動
2000年(25歳)のドラマ『ナースのお仕事3』(フジテレビ系)の赤木まどか役について、ORICON NEWSは「彼女の代表作と言っても過言ではない。」と書いています。ただ、本人は「私は女優って言われるとかゆいんですよ(笑)。」と話し、バラエティやモデルの仕事を軸にしてきました(ORICON NEWS)。
1999年には、毛皮メーカーと組んだブランド「コスタ・モーダ・ウノ」を発表しました。2000年には「ヘアービューティー2000」も受けています(Wikipedia)。
2001年からはウエディングドレス、ジュエリーなどのプロデュースを始めました。2004年には、ウエディングドレスをパリコレに出しています(LIMO)。
35〜39歳:「芸能界一のアバター顔」と、白衣の出版イベント
2010年10月14日(35歳)、映画『アバター<特別編>』の特別試写会に、6時間かけた特殊メイクでヒロインのネイティリに変身して登場しました。記事は神田さんを「自他ともに認める(!?)芸能界一のアバター顔」と紹介しています。映画の公開当時、関根勤さんに「うのちゃん出てたよ!」と言われたそうで、本人も「微妙だなと思ったけど、観てみたら『あれ、仲間?』ってくらい似ていた」と話しました。会場では「こんばんは、神田うのです。今日はネイティリの妹・ウノティリです」と自己紹介しています(シネマトゥデイ)。
イベントの後のインタビューでは、周りから「ネイティリに似ている」と言われていたことを明かし、「だったら、ネイティリに変身できたら楽しいねなんて話していたんですよ。」と話しました(シネマトゥデイ)。同じ2010年には、ネイルクイーンの協会特別賞を受け、2度目の受賞になりました(日本ネイリスト協会)。
2013年8月6日(38歳)には、『バナナで10歳若返り!』(主婦と生活社)の出版記念イベントに、白衣姿で登場しています(ORICON)。
2014年10月8日(39歳)、恵比寿ガーデンプレイスの開業20周年のイベントでは、19歳のころから通っている場所だと話し、「あれから20年もたっちゃたんだ」と振り返りました(MANTAN TV)。
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40〜45歳:「人間だけが変わっていく…」と、すっぴんの投稿
2016年3月16日(40歳)、サンリオの「マイメロディ展」「キキ&ララ展」の会見に、“同級生”のキキ&ララと一緒に登場しました。この会見の動画の題名は「人間だけが変わっていく…」です(MANTAN TV)。4月には、著書『女も“殿”であれ!~UNO式サクセスルール~』を出しました(ORICON)。
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2017年6月6日(42歳)、自身のウエディングドレスブランド『シェーナ・ドゥーノ』の新作発表会では、純白のドレス姿でバレエを披露しました。「ドレスが非常に重たくて大変だったんですけれども、何とか踊らせて頂きました」と笑顔で話しています(ORICON)。
2018年1月27日(42歳)には、すっぴんの写真をインスタグラムに載せました。「#スッピン」「#ツヤツヤ」とハッシュタグを付けた投稿に、ファンからは「スッピン可愛い 全然変わらないね」という声が寄せられています(シネマトゥデイ)。
同じ年の9月には、友人のトレーナーAYAさんのインスタグラムに載った2ショットに、顔が「変わった」というコメントが付きました。神田さんはそのコメント欄で「私の目も鼻も整形ではありません」と書いています(日刊ゲンダイ)。くわしくは後の章で整理します。
2020年1月からのドラマ『DASADA』(日本テレビ系)では、2009年の『探偵M』以来10年ぶりのドラマで、初めての母親役を演じました(ORICON NEWS)。4月には公式YouTubeチャンネル「うのちゃんネル」を始めています(うのちゃんネル)。
6月30日には、14歳から31年間いた事務所を離れました(デイリースポーツ)。8月、その後で初めての公の場では「もともと自由にやっていたけど、さらに自由になって気は楽になりましたね。」と話しています(ORICON)。
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▶ 再生48〜49歳:まつ毛パーマのすっぴんと、パッツン前髪
2024年9月26日(49歳)、まつ毛パーマをした直後のすっぴんを、インスタグラムにドアップで載せました。「やっぱりまつ毛がカールされているとメイクの際にビューラーしなくていいだけでなく、スッピンのイメージも変わり女子力も上がり気分が良いですね〜」とつづっています。ファンからは「目くりくり」「本当に肌が綺麗」という声が寄せられました(モデルプレス)。
10月22日には、パッツン前髪にイメージチェンジしました。記事は「以前は胸下と腰の間まであるロングヘアで前髪も長めだったが、今回のカットでパッツン前髪にイメージチェンジ。」と書いています。ファンからは「おめめがさらにぱっちり」「すごく似合ってます」という声が寄せられました(モデルプレス)。
11月23日には「TOKYO FASHION CROSSING 2024」でランウェイを歩き、動画の題名には「洋服は着たもん勝ち」という言葉が使われています(ORICON)。
神田うのの顔は変わった?整形とヒアルロン酸を本人の言葉で整理
神田うのさんは、整形を否定しています。2018年9月、友人のインスタグラムのコメント欄に「私の目も鼻も整形ではありません」と書きました。そのうえで「私がやっていますのはヒアルロン酸とベビーコラーゲン注射です。」と、注射による施術を受けていることを明かしています(日刊ゲンダイ)。
注射については「ほうれい線や目の下のシワなどに入れ膨らますものです。」と説明し、「これは整形ではなくいわゆる若返りですかね」と書いています(週刊女性PRIME)。本人が整形を公表した事実はありません。
報道と本人の言葉からわかる変化は、まず髪型です。長いロングヘアから、49歳でパッツン前髪に変え、51歳の写真も切り揃えた前髪でした(モデルプレス・LIMO)。次にまつ毛で、まつ毛パーマや新しい施術をして、本人も「スッピンのイメージも変わり」と書いています(モデルプレス)。そして43歳のときに本人が話した、ヒアルロン酸とベビーコラーゲン注射です。
「顔変わった」と感じるのは、髪型やまつ毛の変化に、年齢を重ねた変化が加わってきたからと言えそうです。一方で、42歳のすっぴんの投稿には「全然変わらないね」という声も寄せられていました(シネマトゥデイ)。
まとめ:神田うのの顔の変遷(年表)
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1975年 | 0歳 | 3月28日生まれ(東京都目黒区)。5歳でバレエを始める |
| 1989年 | 14歳 | モデル事務所のスペースクラフト・エンタテインメントに入る |
| 1992年 | 17歳 | 雑誌『プチセブン』のモデルとしてデビュー |
| 1993年ごろ | 18歳 | 篠山紀信さんのスタジオで、トーシューズで踊る姿を撮影 |
| 1994年 | 18〜19歳 | デビュー曲『JESUS!JESUS!』。『笑っていいとも!』などのバラエティで人気に |
| 1995年 | 19〜20歳 | ゴールデン・アロー賞の新人賞 |
| 1997年 | 21〜22歳 | ネイルクイーンに選ばれる |
| 2000年 | 24〜25歳 | 『ナースのお仕事3』の赤木まどか役 |
| 2004年 | 28〜29歳 | ウエディングドレスをパリコレに出す |
| 2010年 | 35歳 | 『アバター<特別編>』の試写会で「芸能界一のアバター顔」と紹介される |
| 2016年 | 40〜41歳 | キキ&ララ展の会見。動画の題名は「人間だけが変わっていく…」 |
| 2018年 | 42〜43歳 | すっぴんを公開。「私の目も鼻も整形ではありません」とヒアルロン酸の話 |
| 2020年 | 44〜45歳 | 10年ぶりのドラマ『DASADA』。公式YouTubeを始め、31年いた事務所を離れる |
| 2024年 | 48〜49歳 | 18歳の写真を公開。まつ毛パーマのすっぴん、パッツン前髪に |
| 2026年 | 50〜51歳 | スキンケアを語り、『ReShine』に登場。まつ毛の新しい施術、切り揃えた前髪 |





