歌手の小柳ルミ子さん(74歳)は、12月6日に大阪・オリックス劇場で開かれる宝塚OGのコンサートにレジェンドゲストとして出ます。5月に日本武道館で開かれた東京公演に続く出演です(ステージナタリー)。
その小柳ルミ子さんについて検索すると、「若い頃」「若い頃かわいい」「顔 変わった」といった言葉が並びます。15歳で宝塚音楽学校に入り、1971年に「わたしの城下町」で歌手デビューしました。その後は踊る歌手として、女優として、サッカー好きとしても知られるようになります。その若い頃から74歳の現在まで、顔の印象の移り変わりを本人の言葉と報道でたどりました。
最新の小柳ルミ子:74歳、宝塚OGの舞台と「ルミコーデ」
小柳ルミ子さんは1952年7月2日生まれです。福岡県の出身です(プラチナムプロダクション)。
12月6日のコンサートは「BS11 presents 昭和100周年記念 昭和ゴールデンHITS 100 in Orchestra」です。宝塚歌劇団のOGたちが、昭和の名曲をオーケストラの演奏で歌います。MCは黒木瞳さんで、チケットの一般販売は11月7日に始まります(ステージナタリー)。
5月30日の武道館公演では、代表曲「瀬戸の花嫁」がネット投票で1位になりました。記事によると、小柳さんは感極まって涙ながらに歌いました。歌い終えると「すごくいろんなことを思い出した。感慨深くてすみません」と話しています。宝塚の同期の麻実れいさんとは、手をつないで歌う場面もありました(デイリースポーツ)。
麻実さんとは、このコンサートをきっかけに約56年ぶりに再会しました。5月の記者発表会では、「56年ぶりに再会したターコ(麻実)、司会を務める私の可愛い妹分の瞳ちゃん(黒木瞳)と共演できること」が楽しみだと話しています(ステージナタリー)。
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▶ 再生10月には、ペナルティのヒデさんや澤穂希さんたちとの食事会をインスタグラムで伝えました。「サッカー話は最高に楽しい‼️ 閉店時間も忘れて熱く語り合いました」とつづっています(西スポWEB OTTO!)。
ブログでは、自分のコーディネートを「ルミコーデ」として定期的に見せています。10月25日の投稿では、1枚目にシャネルのサングラスをかけた顔のアップを載せました。ZARAのビッグシャツに黒のパンツを合わせ、「非常にラフなルミコーデでした。如何でしょうか」とつづっています(ハフポスト日本版)。
15〜17歳:宝塚音楽学校を首席で、おさげの予科生
小柳さんは、中学3年生の15歳で宝塚音楽学校を受けました。2025年4月(72歳)には、ブログで当時の写真を公開しています。「宝塚の願書に同封した写真です 白黒ってのが時代を感じますね」と書きました(ABEMA TIMES)。
写真の自分を、本人は「今と変わらない」と見ています。「立ち方がバレリーナですねー 笑っちゃう 今と変わらないんだもの」と書き、「この15才の少女は 今の自分を想像出来たかしら」と結んでいます(ABEMA TIMES)。
入学した後の写真もあります。2020年9月(68歳)のブログでは、「15才 宝塚音楽学校 予科生 修学旅行の時です !!」とモノクロの集合写真を出しました。自分の姿については「おさげが私ですよー」と説明しています(ABEMA TIMES)。
宝塚音楽学校は首席で卒業しました。2026年4月には、入学式を迎えた後輩たちに「私は56期生」と声を張り上げています(デイリースポーツ)。
1970年には、宝塚歌劇団で初舞台を踏みました。その写真もブログで公開しています。「1970年 大阪万博の年 56期生の初舞台」の写真で、「舞妓さん 私は どれだか 分かりますか?」と問いかけました(ABEMA TIMES)。
ただ、歌劇団はわずか2か月で退団しました(現代ビジネス)。退団することを伝えたのは、同期の麻実れいさんだけでした(ステージナタリー)。そのとき麻実さんからは「ルミ子は芸能界に入った方がいい。頑張ってね」と言われたそうです(秋田魁新報(共同通信))。
18〜19歳:「わたしの城下町」でデビュー、翌年「瀬戸の花嫁」
宝塚を出た小柳さんは、まず女優として世に出ました。女性自身は「’70年に宝塚音楽学校を首席卒業し、NHK連続テレビ小説『虹』で女優デビュー。」と書いています(女性自身)。現代ビジネスは「朝ドラ『虹』に出演して顔を売り、放送終了直後に『わたしの城下町』で歌手デビューした。」と伝えています(現代ビジネス)。
歌手デビューは1971年4月25日、18歳のときです(クランクイン!)。週刊女性PRIMEによると、「デビュー曲の『わたしの城下町』がいきなり160万枚を突破」しました(週刊女性PRIME)。本人は「『わたしの城下町』は、大阪から火がついた。」と振り返っています(デイリースポーツ)。
翌年には「瀬戸の花嫁」もヒットしました。現代ビジネスは「これがオリコン年間1位シングルとなったあと、翌年には『瀬戸の花嫁』が年間2位を記録している。」と書いています(現代ビジネス)。
「瀬戸の花嫁」について、本人は2026年の武道館で「19歳の頃に歌った歌。選んでいただけて感謝で胸がいっぱいになった」と話しました(デイリースポーツ)。
デビューの頃の自分については、今の本人も驚いています。2026年6月24日(73歳)、日本歌手協会の「夏まつり唄まつり 2026」で初めて司会を務めました。「赤いドレスでステージに登場し」、「憧れの人、小柳ルミ子でございます」とあいさつしています。18歳の頃のデビュー曲を振り返っては、「自分でもこんなに年を取ったのか、とビックリしております」と話しました(スポーツ報知)。
27〜31歳:『来夢来人』で踊り、映画で日本アカデミー賞
小柳さんは、歌だけの人ではありません。本人は「小柳ルミ子というと“歌う人”と思う方が多いでしょう。でも私は子どものころから踊りもずっとやってきたんです。」と話しています(週刊女性PRIME)。68歳のインタビューでは、「私は3歳から、歌、バレエ、ジャズダンス、タップダンス、ピアノ、三味線、書道……と、さまざまな芸事と向き合い、身につけ、鍛えてきました。」と語りました(女性自身)。
転機は1980年(27〜28歳)のシングル『来夢来人』です。新曲の披露で、浅草にあった国際劇場の舞台に大勢の男性ダンサーを従えて立ち、自身も踊りました。それを見た紅白歌合戦のスタッフから声がかかります。本人は「その年の紅白で同じようにダンサーを従えて踊ったら、『小柳ルミ子は踊るんだ!』とたくさんの反響をいただいたんです。」と振り返っています(週刊女性PRIME)。
30代に入ると、女優としても大きな賞を受けました。1982年の映画『誘拐報道』で、初めて映画に出ています。この作品で、1983年(30歳)に日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞を受けました。翌1984年(31歳)には、映画『白蛇抄』で最優秀主演女優賞を受けています(週刊女性PRIME)。
日本アカデミー賞の公式サイトは、このときの小柳さんを「宝塚で基礎を固めているだけあって女優としても実力派。」と紹介しています(日本アカデミー賞公式サイト)。
踊る姿は今も変わりません。2026年6月の歌謡祭でも、代表曲「お久しぶりね」をバックダンサーを従えて歌いました(スポーツ報知)。
64〜71歳:年間2000試合を見るサッカー通に
小柳さんは「芸能界有数のサッカー通」として知られています(西スポWEB OTTO!)。
2016年8月(64歳)には、WOWOWが開いたサッカーのトークショーに出ています。概要欄では「大のサッカー好きとして知られる歌手の小柳ルミ子さん」と紹介されています(MANTAN TV)。
2017年7月(65歳)には、フジテレビ系の試合中継の副音声で、サッカー解説者としてデビューしました。サンスポは「年間2190もの試合を観戦し、12年間も観戦記を付け続けている筋金入りのサッカー通」と書いています(サンスポ)。
2018年5月(65歳)には、サッカーの本も出しました。発売記念のイベントには「ブルーを基調としたファッションで登場した」と、時事通信は伝えています。本人は「新曲発売よりうれしいかもしれない。サッカーに関しては、自力でやってきたという自負があるので」と目を潤ませました。時事通信によると、年間2000試合を観戦しているそうです(時事通信)。
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故郷のクラブ、アビスパ福岡も応援しています。2023年11月(71歳)にルヴァン杯で初めて優勝したときは、現地で観戦しました。翌日には「我が故郷のアビスパは凄い事をやってのけたなぁと」とXに書いています(西スポWEB OTTO!)。
68〜71歳:「顔には心が表れる」と話したメイクとすっぴん
2020年10月(68歳)の女性自身のインタビューで、小柳さんはメイクの話をしています。「メークも『若いコはどんなものを使っているのかしら?』と流行をチェック。プチプラも愛用していますよ」と話しました。さらに「500円のアイシャドーでも今は発色がいい!」とも続けています(女性自身)。
同じインタビューでは、顔についての考えも語りました。「そして顔には、いかに人に優しく、愛情を持って接してきたか、その心が表れる。」と話し、人を喜ばせることができたら「素敵な美しい顔でいられるんじゃないかな」と続けています(女性自身)。
同じ月のブログでは、自分のメイク道具を公開しました。美容院で髪をセットした日の投稿で、「メイクは勿論自分で」と書いています。続けて「今日のメイク道具は私の私物です」と道具を紹介しました。別の投稿では「ファンデーションだけの 顔ー」と自撮りを載せ、ベースを含めて4色のファンデーションを使っていると明かしています(ABEMA TIMES)。
2024年5月(71歳)には、美容院で髪を切る前と後の写真をインスタグラムに載せました。切る前の髪について「ひどい。伸び伸び。ボサボサ-。」と書き、「一応芸能人なんですけど…ズボラなんですよね~ぇ、こういうところ」と自分を笑っています。デイリースポーツは、写真について「いずれもすっぴんであるがままの美肌姿」と伝えました(デイリースポーツ)。
71〜73歳:ドラマとデビュー55周年の新曲「愛は輪廻転生」
70代に入っても、女優の仕事を続けています。2024年6月(71歳)には、日本テレビ系のドラマ『マル秘の密子さん』に九条開発の会長役で出ることが発表されました。本人は「私はお芝居が大好き」とコメントしています(映画ナタリー)。
2025年7月(73歳)には、ドラマ『終幕のロンド ―もう二度と、会えないあなたに―』への出演が発表されました。本人は「今年、デビュー55周年を迎え、歌手としては勿論の事、お芝居も大好きな私に素敵な作品のオファーを頂き、大変嬉しく思っています。」とコメントしています(映画ナタリー)。
73歳の誕生日の2025年7月2日には、デビュー55周年のライブを開きました。同じ日のブログで「デビュー55周年のLIVEが大盛況の内に無事終了しました」と報告しています(ABEMA TIMES)。
2026年3月3日(73歳)には、55周年記念曲「愛は輪廻転生」を出しました。徳間ジャパンは「まるで4分間のミュージカルのような楽曲「愛は輪廻転生」」と紹介しています(徳間ジャパン)。前日のお披露目ライブでは、自分でデザインした衣装で登場しました。「これぞ小柳ルミ子という楽曲に仕上がった。もう一花咲かせたい」と話しています(時事通信)。
その前の2月20日には、本の発売記念の会見に出ています。芸能生活55周年について「感無量ですね」と話しました(oricon)。
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4月18日には、大阪で55周年記念のライブを開きました。デビュー曲「わたしの城下町」から「愛は輪廻転生」まで15曲を歌っています。ステージでは「まだまだ私にとっては、55年は通過点。もうじき74歳になりますけれど、まだがんばるよっていう気持ち」と話しました(デイリースポーツ)。
小柳ルミ子の顔は変わった?若い頃と今を本人の言葉で整理
整形について、本人が公表した事実はありません。
本人の言葉から見えるのは、まず変わらないと感じている部分です。15歳の写真を見て、「立ち方がバレリーナですねー 笑っちゃう 今と変わらないんだもの」と書いていました(ABEMA TIMES)。
一方で、年月の重みも本人が口にしています。55周年の舞台で18歳のデビュー曲を振り返り、「自分でもこんなに年を取ったのか、とビックリしております」と話しました(スポーツ報知)。
報道と本人の言葉からわかる変化は、まず髪です。15歳の予科生のころは「おさげ」でした(ABEMA TIMES)。71歳では、美容院で切る前の髪を「ボサボサ」と笑って見せています(デイリースポーツ)。次にメイクで、68歳でもメイクは自分でして、流行のコスメも試していました(女性自身)。
「顔変わった」と感じるのは、年齢を重ねた自然な変化に、自分で選ぶ髪型やメイク、衣装の変化が加わってきたからと言えそうです。本人は顔について「そして顔には、いかに人に優しく、愛情を持って接してきたか、その心が表れる。」と話しています(女性自身)。
まとめ:小柳ルミ子の顔の変遷(年表)
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1952年 | 0歳 | 7月2日生まれ(福岡県) |
| 1968年ごろ | 15歳 | 中学3年で宝塚を受験。宝塚音楽学校の予科生のころは「おさげ」 |
| 1970年 | 17〜18歳 | 宝塚音楽学校を首席で卒業、56期生として初舞台。2か月で退団し、朝ドラ『虹』で女優デビュー |
| 1971年 | 18歳 | 4月25日、「わたしの城下町」で歌手デビュー。160万枚を突破 |
| 1972年 | 19〜20歳 | 「瀬戸の花嫁」がヒット(オリコン年間2位) |
| 1980年 | 27〜28歳 | 『来夢来人』でダンサーを従えて踊り、紅白でも踊る |
| 1983〜84年 | 30〜31歳 | 日本アカデミー賞で『誘拐報道』の最優秀助演女優賞、『白蛇抄』の最優秀主演女優賞 |
| 2016〜18年 | 64〜65歳 | サッカーのトークショー、試合中継の副音声で解説者デビュー、サッカーの本を出版 |
| 2020年 | 68歳 | 「顔には…その心が表れる」と話す。メイクは自分で、4色のファンデーション |
| 2023年 | 71歳 | 故郷のアビスパ福岡の初優勝を現地で観戦 |
| 2024年 | 71歳 | 美容院のすっぴん写真を公開。ドラマ『マル秘の密子さん』 |
| 2025年 | 72〜73歳 | 15歳の写真に「今と変わらない」。デビュー55周年のライブ、ドラマ『終幕のロンド』 |
| 2026年 | 73〜74歳 | 新曲「愛は輪廻転生」。武道館で「瀬戸の花嫁」に涙。赤いドレスで初司会。12月に大阪公演 |





