泉ピン子の若い頃から79歳の現在まで!顔変わった?肌と化粧を本人の言葉で

泉ピン子の若い頃から79歳の現在まで!顔変わった?肌と化粧を本人の言葉で 女優

女優の泉ピン子さん(79歳)の近影が、10月に話題になりました。9月29日に東京・ニッショーホールで開かれた「IKKO DRAMATIC 〜BEAUTY MUSIC SHOW〜」で、演歌歌手の真田ナオキさんと撮った2ショットです。記事は、「グレイヘアにファッショナブルな眼鏡を掛けた泉」と伝えています(西スポWEB OTTO!)。

その泉ピン子さんについて検索すると、「若い頃」「若い頃 画像」「若い頃かわいい」「美人 若い頃」「顔 変わった」といった言葉が並びます。18歳で歌謡漫談家としてデビューし、『ウィークエンダー』のリポーターで顔が知られました。その後は『おしん』『渡る世間は鬼ばかり』で国民的な女優になっています。その若い頃から79歳の現在まで、顔の印象の移り変わりを本人の言葉と報道でたどりました。

最新の泉ピン子:79歳、グレイヘアに眼鏡の近影

泉ピン子さんは1947年9月11日、東京都中央区日本橋で生まれました(Wikipedia)。

今の泉さんの見た目で目を引くのは、グレイヘアと眼鏡です。10月4日の記事は、真田ナオキさんが泉さんの肩を抱いて笑う2ショットを紹介しました。写真は、9月29日の「IKKO DRAMATIC 〜BEAUTY MUSIC SHOW〜」のときのものです(西スポWEB OTTO!)。

6月2日(78歳)には、著書(徳間書店)の刊行記念会見に出ました。会見は約50分にわたりました。最後は本の写真について「写真写りは良いです。とても80近い女には見えません。」と話して記者を笑わせています(リアルサウンド)。

4月25日には佐藤隆太さんとW主演する『声舞劇(せいぶげき)!終活を始めた途端、55歳の息子が帰ってきました』が、東京・シアター1010で開幕しました。泉さんが演じるのは75歳の母・晴恵です。囲み取材では「このチームワークとお話、めちゃくちゃいいですよ。損はさせません」と話しました。大阪・愛知・広島など、全国を回る公演です(共同通信PRワイヤー)。

18〜28歳:ギター漫談のキャバレー回りと『ウィークエンダー』

泉さんは、18歳で歌謡漫談家としてデビューしました。1965年から1975年までの約10年間は、ギター漫談師として全国のキャバレーや劇場を回っています(サライ.jp)。

本人はこのころを「北海道から占領下の沖縄まで、片手にギター、片手にボストンバッグを下げて行くのよ。」と振り返っています。交通費は片道だけだったそうです(サライ.jp)。

転機は1975年(27〜28歳)の『テレビ三面記事 ウィークエンダー』(日本テレビ系)でした。泉さんは、この夜のワイドショーのリポーターに抜てきされました。本人は「一気に顔が売れるんだけど。」と話しています。番組は毎回、視聴率30%を超えたそうです(FRaU)。

このころの髪型は、本人が話しています。リポーター時代は「パーマをキツめにかけたショートヘアでした。」とのことです。続けて「当時は、越路吹雪さんの髪型にものすごく憧れていて」と話し、越路さんのヘアを担当する人のサロンに通ったそうです。女優になってからは役に合わせることや和装が多くなり、好きな髪型にはチャレンジできなくなったといいます(FRaU)。

『ウィークエンダー』で知られるようになると、ドラマの依頼が来るようになりました。最初の連ドラは、1975年の森光子さん主演『花吹雪はしご一家』(TBS)です。本人は「演技も期待されていなかったし、よそ者扱いもされましたよ。」と話しています(サライ.jp)。

35〜36歳:『おしん』の母・ふじで「歯、全部抜きましょうか?」

1983年から84年にかけて放送されたNHKの連続テレビ小説『おしん』で、泉さんはおしんの母・ふじを演じました。最初に話をもらったのは、1981年の大河ドラマ『おんな太閤記』の後でした(サライ.jp)。

撮影は2月の山形県・最上川で、雪の中で行われました。ほぼ衣装のまま川に入る場面について、本人は「川に入って6時間、命がけで撮り続けました。川に流されそうになりながら、顔も体も真っ青でしたよ。」と振り返っています(サライ.jp)。

役のために、歯を抜こうとしたこともあります。30代で60代の設定のふじを演じたとき、年相応に見えるように考えたそうです。脚本の橋田壽賀子さんに「歯、全部抜きましょうか?」と言い、「やめてやめて」と止められました(FRaU)。

『おしん』は平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%を記録しました。今は世界60か国で繰り返し放送されています。泉さんは「私はどこに行っても“おしんマザー”と歓迎される。」と話しています(サライ.jp)。

ふじの役では、ずっとボロボロの服を着ていました。その反動で、実生活では美しいものを着たいとファッションにはまったそうです(サライ.jp)。

42〜49歳:『渡る世間は鬼ばかり』と、休日はまる一日のエステ

1990年(42〜43歳)には、TBSの『渡る世間は鬼ばかり』が始まりました(サライ.jp)。泉さんが演じたのは、岡倉家の次女で中華料理店「幸楽」に嫁いだ小島五月です(西スポWEB OTTO!)。

この作品は、せりふの長さが大変だったそうです。本人は「何ページもある長いセリフがあるじゃない。」と話し、せりふを紙に書いて覚えました。「その紙を“幸楽”(劇中の中華料理店)のエプロンのポケットにお守りがわりに入れていたんです」とも話しています(サライ.jp)。

このころから、肌の手入れにはお金と時間をかけていました。本人は「40代の頃は、休みのたびに、ハリウッド・ビューティサロンに行って、一日かけて全身を磨いてもらっていました。」と話しています。「そのときの蓄積があって今もお肌がキープできているんだと思う。」とも話しました(美ST ONLINE)。

若いころは、ゲランのエステにも通っていました。本人は「若いときは休日は一日エステに費やしてたの。」と話しています。担当は、美容家の佐伯チズさんだったそうです(美ST ONLINE)。

66〜72歳:朝ドラ『マッサン』、CMと歌の録音、叙勲

2014年9月3日(66歳)には、NHKの連続テレビ小説『マッサン』の試写会に出ました。泉さんは、主人公夫婦の姑の役です。会見では、紅白歌合戦への初出演を望んでいると話しました(デイリースポーツ)。

10月には、チョコレートバー『スニッカーズ』のCM第4弾に起用されています(ORICON)。11月27日(67歳)には、映画『ミュータント・タートルズ』の公開アフレコに登場しました。日本語の吹き替えについて「久しぶりにダメ出しされてうれしかった。いま私にダメ出しする人なんていないから面白かったし、新鮮でした」と笑顔で話しています(MANTAN TV)。

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2014年10月(67歳)スニッカーズの新CM/ORICON▶ 再生
2014年10月(67歳)スニッカーズの新CM/ORICON
2014年11月(67歳)映画の公開アフレコ/MANTAN TV▶ 再生
2014年11月(67歳)映画の公開アフレコ/MANTAN TV

2016年9月(69歳)には、アルバム『なかにし礼と13人の女優たち』で北島三郎さんの「まつり」を歌いました(日本コロムビア)。

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2016年9月(69歳)「まつり」のレコーディング/日本コロムビア▶ 再生
2016年9月(69歳)「まつり」のレコーディング/日本コロムビア

2019年(72歳)には、文化庁長官表彰と旭日小綬章を受けました。本人は「勲章をいただけるなんて思ってもみなかったから、嬉しかったね。」と話しています(美ST ONLINE)。12月13日の秋の叙勲の伝達式には、歌手の由紀さおりさんや俳優の柄本明さんと出ています(TBS NEWS DIG)。

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2019年12月(72歳)秋の叙勲の伝達式/TBS NEWS DIG▶ 再生
2019年12月(72歳)秋の叙勲の伝達式/TBS NEWS DIG

73〜78歳:「お肌が綺麗ですね」と言われる肌と、すっぴんの話

70代の泉さんは、肌をほめられることが多いと話しています。2021年5月(73歳)の『美ST』では、「若い女優さんによく『お肌が綺麗ですね』と褒められるけれど、やっぱりこのこだわりは正しいと思うわね。」と話しました。こだわりとは、化粧品は一番高いものを一番大きなサイズで買うことです(美ST ONLINE)。

同じ記事では、着物とメイクの関係にも触れています。「くどいお化粧は着物とは合わないから、ナチュラルメークでも映えるよう、自然と美容意識は高まります。」と話しました。海外へ行く機内ではシートマスクを使うそうで、「パックをしていればたとえ顔を見られても泉ピン子だってわからないでしょ?(笑)」と笑わせています(美ST ONLINE)。

2022年8月(74歳)には、日テレNEWSのインタビューで人生を変えた出会いなどを語りました(日テレNEWS)。

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2022年8月(74歳)インタビュー/日テレNEWS▶ 再生
2022年8月(74歳)インタビュー/日テレNEWS

すっぴんについては、こんな話もしています。以前住んでいたマンションで、50年来のファンという矢沢永吉さんとエレベーターで何度も一緒になりました。本人は「なぜか、矢沢様に会うときに限ってすっぴんで。」と話しています。そして「それが3回ぐらい続いた頃から、外出するときは必ず入念にメイクをするようになりました。」と続けました(FRaU)。

2025年3月5日(77歳)には、著書『終活やーめた。』の発売記念会見に出ました。取材陣の前で、軽快なトークを続けています(日テレNEWS)。

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2025年3月(77歳)著書の発売記念会見/日テレNEWS▶ 再生
2025年3月(77歳)著書の発売記念会見/日テレNEWS

2025年11月(78歳)の『美ST』は、泉さんを「昨年喜寿を迎えてなお艶やかな肌の、泉 ピン子さん」と紹介しました。本人は今も、肌のことをよく聞かれるそうです。そのうえで、「でも、目だけは大事にしています。」と話しました。「紫外線はもちろん、近赤外線カットの眼鏡をかけているし、外に出るときはサングラスは欠かせません。」と続けています(美ST ONLINE)。

泉ピン子の顔は変わった?若い頃と現在を本人の言葉で整理

本人が整形を公表した事実はありません。

美容医療については、本人が話したことがあります。2021年2月(73歳)の『美ST』で、数年前にほうれい線が気になったときのことを「皮膚科でヒアルロン酸を打つとなんと数カ月間キレイなまま。」と話しました。その後は中断していると話しています(美ST ONLINE)。

報道と本人の言葉からわかる変化は、まず髪です。『ウィークエンダー』のころは、越路吹雪さんに憧れたパーマのショートヘアでした(FRaU)。79歳の今は、グレイヘアです(西スポWEB OTTO!)。

次に眼鏡とメイクです。今は目を守るための眼鏡をかけています(美ST ONLINE)。メイクは、着物に合うナチュラルメークを心がけてきました(美ST ONLINE)。

顔立ちについて、本人はこう話しています。「美しさって顔に出るんじゃない?顔が整っていても心が卑しいと、華がなかったり、影が薄かったりします。」(美ST ONLINE)

「顔変わった」と感じるのは、年齢を重ねた変化にパーマのショートヘアからグレイヘアへ、そして眼鏡という見た目の変化が加わったからと言えそうです。一方で、40代から続けてきた肌の手入れは78歳でも「艶やかな肌」と紹介されています(美ST ONLINE)。

まとめ:泉ピン子の顔の変遷(年表)

年年齢出来事
1947年0歳9月11日、東京都中央区日本橋に生まれる
1965〜75年10代後半〜27歳歌謡漫談家としてデビュー。ギター漫談で全国のキャバレーや劇場を回る
1975年27〜28歳『ウィークエンダー』のリポーターで「一気に顔が売れる」。パーマのショートヘア。初の連ドラ『花吹雪はしご一家』
1983〜84年35〜36歳朝ドラ『おしん』の母・ふじ。役のために「歯、全部抜きましょうか?」
1990年42〜43歳『渡る世間は鬼ばかり』が始まる。40代は休日に一日かけて全身の手入れ
2014年66〜67歳朝ドラ『マッサン』に出演。スニッカーズのCM、映画の吹き替え
2016年69歳アルバムで「まつり」を歌う
2019年72歳文化庁長官表彰と旭日小綬章
2021年73歳『美ST』で「お肌が綺麗ですね」とほめられると話す。ヒアルロン酸の話も
2025年77〜78歳『終活やーめた。』の会見。すっぴんの話、「目だけは大事に」と眼鏡の話
2026年78〜79歳『声舞劇!』で全国公演。「写真写りは良いです」。グレイヘアに眼鏡の近影
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