元朝日放送アナウンサーの山本モナさん(50歳)が、2026年11月7日公開のAERA DIGITALのインタビューで司法修習生としての今を語りました。見出しは「もうファイティングポーズは下ろしました」で(AERA DIGITAL)、Yahoo!ニュースのトピックスにも「山本モナさん 50歳で司法修習生に」と載っています(Yahoo!ニュース)。
その山本さんについて検索すると、「顔変わった」「整形」「若い頃」「昔」「かわいい」といった言葉が並びます。朝日放送のアナウンサーだった20代から、フリーのキャスター時代を経て50歳の現在まで。顔と見た目がどう伝えられてきたのかを、本人の言葉と報道で年代順にたどりました。
最新の山本モナ:50歳で司法修習生に、AERAで「もうファイティングポーズは下ろしました」
山本さんは1976年2月11日生まれ、広島県尾道市の出身です(Wikipedia)。2026年11月8日の時点で50歳です。
AERA DIGITALは11月7日、山本さんのインタビューを前編と後編に分けて公開しました。後編のリード文は、山本さんについて「50歳で司法修習生として学び続けるなかで、年齢や序列も関係ない「自分らしさ」が見えてきたという。」と伝えています(AERA DIGITAL)。
司法修習について、本人は「今は司法修習の最中ですが、周りには20代が多いです。」と話しています。年齢を理由にした決まりごとは捨てたそうで、「今は20代のクラスメートたちと有楽町の普通の居酒屋で飲んだり、ダーツやビリヤードをしたりするのが楽しいんです。」と明かしました(AERA DIGITAL)。
見出しの言葉は、20代の自分を振り返った話から来ています。本人は「20代のころは本当に尖っていて、嫌なやつだったと思います(笑)。」と語りました。当時は「常にファイティングポーズをとって戦っていました。」と言います。40代ごろからは考え方が変わり、「自然と力が抜けてファイティングポーズを下ろすことができました。」と話しています(AERA DIGITAL)。
顔に関わる言葉もありました。山本さんは「そういえば最近、くだらないことでよく笑うようになりました。」と話し、「笑う回数が増えたことは、美容にもいいんじゃないかな(笑)。」と続けています(AERA DIGITAL)。
インタビューには撮り下ろしの写真が添えられ、ヘアメイクは福川雅顕さんが担当しています(AERA DIGITAL)。
22〜29歳:朝日放送のアナウンサーから報道記者、ニュースキャスターへ
山本さんは学習院大学法学部を卒業し、1998年(22歳)に朝日放送に入社しました(AERA DIGITAL)。もともとは記者を志していて、アナウンサー試験は試しに受けたものでした。本人は「最初に受けた朝日放送でご縁をいただいた、というのが正直なところです。」と振り返っています(AERA DIGITAL)。
入社してからも、報道の仕事を希望し続けました。本人は「とにかくニュース番組を担当したい、と面接時点でもアピールしましたし、」と話しています。その願いはかない、「入社2年目に入って、希望通り報道を担当することができました。」そうです(AERA DIGITAL)。
記者の仕事もしています。本人は「1年ちょっとで、ニュースセンターに「記者やりたいです」と伝えて、記者をやらせてもらった時期もありました。」と話しました(文春オンライン)。2001年(24〜25歳)には報道局ニュースセンターに移って報道記者になり、2004年(27〜28歳)には『ムーブ!』の立ち上げでニュースキャスターになりました(Wikipedia)。
この20代の見た目について、本人ははっきり語っています。AERA DIGITALは、山本さんが当時「あえて「女性らしさ」を意識したキャラクターを演じてきたという。」と伝えました(AERA DIGITAL)。
本人は「なるべく大阪に溶け込もう、「女子アナらしく」しようという意識は常に持っていました。」と話しています。服装も意識していて、「ボトムスはパンツはなるべくはかないようにして、スカートとヒール。」だったそうです(AERA DIGITAL)。
さらに、「自分の見た目を逆手にとって、意外性のあるキャラクターを演じていたこともあります。」とも明かしました(AERA DIGITAL)。
2005年、29歳で朝日放送を退社します。「退社後はオフィス北野に所属し、キャスターやタレントとして活動を始めました。」という問いに、本人は「局アナ時代に北野武さんの番組を担当しており、当時お世話になっていたプロデューサーから声をかけていただいたのが、東京進出のきっかけでした。」と答えています。当時の気持ちは「新天地へ向かう気持ちはすごく晴れやかでした。」そうです(AERA DIGITAL)。
29〜35歳:フリーのキャスターとタレント、バラエティでも活躍
フリーになってからは、テレビの仕事で忙しい日々が続きます。AERA DIGITALの聞き手は「2005年に29歳でフリーに転向してからも、バラエティー番組や情報番組などで活躍されました。」と振り返っています(AERA DIGITAL)。本人も「29歳でフリーになってからはほぼ休みなしでした。」と話しました(文春オンライン)。
バラエティでは、クイズ番組にも出ています。本人は「不定期で出演していた「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ系)では「できるキャラ」を求められていたので、クイズでは正解を出さなければいけない。そのために必死で勉強していました。」と振り返りました(AERA DIGITAL)。
2011年(35歳)には、英国国立ウェールズ大学の大学院で経営学修士(MBA)を取りました(AERA DIGITAL)。同じ年に、35歳で芸能界からの引退を発表しています(AERA DIGITAL)。2013年(37歳)には、芸能活動の再開を発表しました(Wikipedia)。
43〜48歳:伊藤塾から早稲田のロースクールへ、2度の不合格
山本さんが法律の勉強を始めたのは、2020年の年明け(43歳)です。弁護士JPニュースによると、「法曹に多くの人材を輩出している伊藤塾(本部・東京都渋谷区)で、2020年の年明けからオンライン受講を始めた。」そうです(弁護士JPニュース)。
テレビに戻る道は考えなかったといいます。本人は「私が出演していたころとはメディアのあり方も全く違っていましたし、以前と同じようには仕事ができないとわかっていました。」と話しています(AERA DIGITAL)。
2022年4月(46歳)に早稲田大学大学院法務研究科に進学し、2024年3月(48歳)に修了しました(AERA DIGITAL)。
ただ、試験はすぐには通りませんでした。「早稲田大学ロースクール在学中の2023年に不合格。さらに、卒業後の2024年も不合格となったときは挫折を感じた。」と弁護士JPニュースは伝えています。本人は当時を「客観的には試験に落ちただけなのですが、私自身の人間を否定されたようにも感じました。一生、受からないのではないか、とも思いました」と振り返りました。それでも「悔しい。やめるのか。いや、やるしかない」と、前を向いたそうです(弁護士JPニュース)。
49歳:3度目の司法試験で合格、「やっと次のスタートラインに立てました」
3度目の試験では、平常心を大切にしました。本人は「ロースクールの先生から「勉強に喜怒哀楽を持ち込むな」という個別のアドバイスをいただいて、」と話しています。「7月に試験があって、今年は11月12日が発表日でした。」と言い、合格を知ったときは「嬉しいというよりも、ほっとした、安心したという感じです。」と明かしました(文春オンライン)。
2025年11月13日(49歳)、山本さんはインスタグラムで「この度、令和7年司法試験に合格しました。ロースクール受験の時期から考えると5年。長かった、、」と報告しました。続けて「40代からの新しい挑戦が実りました。やっと次のスタートラインに立てました」とつづり、「皆様、『やればできる』という言葉は、本当です(笑)」と呼びかけています(ORICON NEWS)。
ORICON NEWSは、山本さんの経歴を「英国国立ウェールズ大学院卒業、経営学修士(MBA)、ワインエキスパート、チーズプロフェッショナル取得。」と紹介しています(ORICON NEWS)。
12月12日には、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』に生出演しました。進路については「一応、内定が決まっていて、その事務所は企業法務でクライアントさんが企業になる事務所」と説明しています。さらに「メディアのコンプライアンスのあり方、中の問題に法律家、法曹の人間として関わっていきたい」と話しました(デイリースポーツ)。
専門にしたい分野についても、「できれば著作権法を自分の専門フィールドにしたいと考えています。」と語っています(文春オンライン)。2026年1月28日には伊藤塾の公式YouTubeで、勉強を始めたきっかけや勉強法を話す動画が公開されました(伊藤塾)。
50歳:司法修習と、インスタグラムで見せた前髪と新しい髪型
司法修習は、2026年3月19日から始まる予定と伝えられていました(弁護士JPニュース)。11月のインタビューで、本人は今が司法修習の最中だと話しています(AERA DIGITAL)。
目指す弁護士の姿もはっきりしてきました。本人は「法的立場からメディアや現場で働く人々に寄り添い、手助けができる弁護士になれるんじゃないかと思うようになりました。」と話しています(AERA DIGITAL)。
その間も、インスタグラムでは近影を載せています。7月17日までに顔のアップを投稿し、スポーツ報知は「「待ってる間に、前髪で遊んでみる」と前髪を下ろして雰囲気を変えた。」と伝えました(スポーツ報知)。
8月2日には、髪型を変えたことを報告しました。ORICON NEWSによると、「“ほぼすっぴん”の近影を公開した。」そうです。本人は「髪型かえたよ」とつづり、「休みの日は、基本ノーメイクだから、眼鏡率高いです」と明かしています(ORICON NEWS)。
投稿には「黒縁のメガネをかけた顔のアップや、鏡越しに撮影した自撮りショットを披露した。」とあります。新しい髪型はふんわりとウエーブがかかったもので、本人は「これはいますごく気に入ってる♡」と書きました(ORICON NEWS)。スポーツ報知は、この姿を「ふわふわと巻いたヘアスタイルに、ツヤツヤな肌が印象的なナチュラルな姿を披露している。」と書いています(スポーツ報知)。
山本モナの顔は変わった?髪型とメイクを本人の言葉で整理
山本さんが整形を公表した事実はありません。
20代の山本さんは「女子アナらしく」することを意識し、服装はスカートとヒールにしていました(AERA DIGITAL)。本人は「自分の見た目を逆手にとって、意外性のあるキャラクターを演じていたこともあります。」とも話しています(AERA DIGITAL)。
50歳の今は、休みの日は「基本ノーメイク」で眼鏡をかけていることが多いそうです(ORICON NEWS)。2026年の夏には、前髪を下ろした姿や(スポーツ報知)、ふわふわと巻いた新しい髪型を見せました(スポーツ報知)。
「若い頃」や「昔」と見比べたくなる人も多いようですが、朝日放送時代の髪型やメイクを書いた報道は見つかりませんでした。
本人は50歳になって、「30歳以降、正直言って中身は大して変わらないように思います。」と話しています。そのうえで、「笑う回数が増えたことは、美容にもいいんじゃないかな(笑)。」と笑いました(AERA DIGITAL)。変わって見えるのは髪型と休日のノーメイク、そして本人が話す「笑う回数」というのが、本人の言葉と報道からわかる今の山本さんです。
まとめ:山本モナの顔の変遷(年表)
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1976年 | 0歳 | 2月11日、広島県尾道市に生まれる |
| 1998年 | 22歳 | 学習院大学法学部を卒業し、朝日放送に入社 |
| 1999年ごろ | 23〜24歳 | 入社2年目で、希望していた報道の担当に |
| 2001年 | 24〜25歳 | 報道局ニュースセンターで報道記者に |
| 2004年 | 27〜28歳 | 『ムーブ!』のニュースキャスターに |
| 2005年 | 29歳 | 朝日放送を退社し、フリーのキャスター・タレントに |
| 2005〜2011年 | 29〜35歳 | バラエティや情報番組で活躍。『クイズ!ヘキサゴンII』では「できるキャラ」 |
| 2011年 | 35歳 | 英国国立ウェールズ大学の大学院でMBAを取得。芸能界からの引退を発表 |
| 2013年 | 37歳 | 芸能活動の再開を発表 |
| 2020年 | 43歳 | 伊藤塾でオンライン受講を始める |
| 2022年 | 46歳 | 早稲田大学大学院法務研究科に進学 |
| 2023〜2024年 | 47〜48歳 | 司法試験に2度不合格。2024年3月にロースクールを修了 |
| 2025年 | 49歳 | 3度目の司法試験に合格。「やっと次のスタートラインに立てました」 |
| 2026年 | 50歳 | 司法修習生に。インスタグラムで前髪を下ろした姿と新しい髪型。AERAで「もうファイティングポーズは下ろしました」 |

