お笑いタレントの陣内智則さん(52歳)は、2026年11月1日に大阪のなんばグランド花月(NGK)で開かれた開場39周年の会見で司会を務めました(ENCOUNT)。11月3日には『ネタパレ THE ゴールデン』(フジテレビ系)にも出演しています(お笑いナタリー)。
その陣内さんについて検索すると、「顔 変わった」「顔が変わった」「若い頃」「昔の写真」といった言葉が並びます。眼鏡をかけていたコンビ時代から52歳の現在まで、顔と見た目にかかわる出来事を本人の言葉と報道で年代順にたどりました。映像にツッコむネタで知られた30代や、YouTubeを始めた46歳のころの公式の映像も並べています。
最新の陣内智則:52歳、2026年秋は『テレビ×ミセス』の進行とNGKの司会
陣内さんは1974年2月22日生まれで、兵庫県加古川市の出身です。吉本興業に所属するピン芸人で、身長は167cmです(Wikipedia)。
2026年4月からは、TBSの『テレビ×ミセス』で進行を務めています(Wikipedia)。10月12日の放送では進行役の陣内さんも特攻服を着て、Mrs. GREEN APPLEのメンバーやゲストと根性試しのゲームに挑みました(音楽ナタリー)。
10月8日に都内で開かれたマクドナルドの新レギュラー発表会には、マクドナルドのイメージカラーである赤の衣装で登場しています(WEBザテレビジョン)。
11月1日はNGKの会見で司会を務めました(ENCOUNT)。同じ日に放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』では、毎年恒例の「笑い飯の関西弁検定」に初めて参加しています(お笑いナタリー)。
11月3日の『ネタパレ THE ゴールデン』では、支配人の南原清隆さんや従業員の増田貴久さんと並んで副支配人としてMCを務めました(TVガイドWeb)。モノマネのショートコントの大会について「まさかのメンバーが残りましたよね。だからこそ、今までとちょっと違うショートコントサバイバルになってるんじゃないですかね。」と話しています(お笑いナタリー)。
自身のYouTube『陣内智則のネタジン』では、2026年5月23日にコント「不動産」を公開しました。以前のコント「お部屋探し」を作り直したもので、概要欄には「バーチャル内見の要素を加え、新たなボケも加えブラッシュアップ!!」とあります(陣内智則のネタジン)。
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▶ 再生子ども時代〜18歳:漫才の中継を見て育ち、NSC大阪校へ
陣内さんは2026年11月のNGKの会見で、子どものころはNGKから中継される漫才番組を見て育ったと話しています。会見では西川きよしさんやオール阪神・巨人さんに感謝を伝えています(ENCOUNT)。
1992年の18歳のときに小学校からの同級生とNSC大阪校に入り、コンビ「リミテッド」を組みました(Wikipedia)。NSC大阪校の11期生で、ケンドーコバヤシさんやハリウッドザコシショウさんと同期です(ORICON NEWS)。
NSC時代の思い出として、陣内さんはNGKのビルのエレベーターで西川きよしさんに会った話をしています。「ボクもNSCの頃、エレベーターで初めてきよし師匠にお会いした。“何階ですか?”“いつかは共演しましょうね”と言っていただいた」(スポニチアネックス)
19〜21歳:コンビ「リミテッド」時代は眼鏡をかけていた
東京スポーツによると、陣内さんは1993年に「リミテッド」として芸人デビューしました(東スポWEB)。
若い頃の見た目で本人が話しているのは、眼鏡です。2024年5月の取材では、19〜20歳のころに出た最初のレギュラー番組『2丁目ワチャチャ号』(テレビ大阪)について「メガネをかけていて、それが反射して視聴者からクレームが来て降ろされたんであまり良いイメージはないんです」と笑いながら振り返りました(ORICON NEWS)。
2022年4月の『A-Studio+』(TBS)でも同じ話をしています。デイリースポーツによると、当時の陣内さんは眼鏡をかけていて照明に反射して光るため視聴者から苦情が来たそうです。本人は「それで僕は番組を降ろされたんです」と話しています(デイリースポーツ)。
コンビで活動した時期について、陣内さんはNON STYLEの石田明さんのYouTubeで「1番戻りたくない若手時代。20~23までの3年間は、みんな2丁目(劇場)ブームに乗っかっているなか、俺だけウケてないし。」と振り返っています(東スポWEB)。1995年にコンビを解散し、21歳でピン芸人になりました(東スポWEB)。
22〜25歳:ピン芸人へ、映像にツッコむネタが生まれる
1996年12月の『オールザッツ漫才』(毎日放送)では、22歳の陣内さんが欠員の出たトーナメントに急に呼ばれました。センターマイクの前に1人で立ってネタを披露し、3回戦まで進んでいます(Wikipedia)。
1997年には、乗った電車の車掌のアナウンスにツッコんだところ周りが笑いました。そこから用意した音声や映像にツッコミを入れる今のネタの形を思いつきます。舞台に立つのは陣内さん1人で、映像はグラフィックデザイナーと2人で作っています(Wikipedia)。
1999年10月には『ちちんぷいぷい』(毎日放送)の月曜レギュラーに入りました。同じ年の11月に25歳で初めて出た『爆笑オンエアバトル』(NHK)では、当時の番組で最も高い537KBを記録しています(Wikipedia)。
29〜38歳:『エンタの神様』で全国へ、桃鉄のCMと海外公演
2003年に29歳で『エンタの神様』(日本テレビ系)に出ると、東京での仕事が増えていきます。2004年には『桃太郎電鉄USA』のCMで初めてCMに出演し、同じ年に単独ライブ「NETAJIN」を開いてDVDにもなりました。読売テレビの『なるトモ!』では2004年から2008年まで司会を務めています(Wikipedia)。
ただ、東京に出てすぐのころは「大阪ではすでに人気者だったものの、東京進出直後は知名度もなく一言もしゃべれずに終わったこともあったという」(テレ東プラス)。ツッコミについて本人は、「いかに短い言葉でドンと笑いを取るか」を大事にしていると話しています(テレ東プラス)。
読売テレビの番組で長く司会を務めた陣内さんについて、同期のケンドーコバヤシさんは2024年の取材で「読売テレビの王子様やったもんな。」と話しています(ORICON NEWS)。
2008年1月には吉本興業の公式チャンネルで、幕張メッセで開かれるお笑いイベント『LIVE STAND 08』への出演を告知しました。33歳のときの映像です(吉本興業チャンネル)。
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▶ 再生2011年6月12日、37歳で初めての海外公演を韓国のソウルで開きました(Wikipedia)。吉本興業の動画の概要欄には「今回の公演のために韓国語を猛勉強!」とあり、ネタの一部を韓国語で演じています(吉本興業チャンネル)。
2012年には映画『ソラからジェシカ』で主演し、4月には舞台「吉本百年物語」の第1弾で吉本興業の創業者・吉本吉兵衛の役を演じました(Wikipedia)。
38〜46歳:審査員と司会、YouTube『ネタジン』を始める
2013年1月、38歳で『ABCお笑いグランプリ』の審査員を務めました。お笑いの大会の審査員は、これが初めてです。2017年4月からは『ネタパレ』(フジテレビ)の副支配人として若手のネタを見守り、2018年からは『R-1グランプリ』の審査員も務めています(Wikipedia)。
2016年8月1日には42歳でアメリカ・ロサンゼルスのThe Fonda Theaterに立ち、ワールドツアーの第3弾を開きました(吉本興業チャンネル)。2011年の韓国の後も、アメリカのラスベガスやロサンゼルスなどで公演を重ねています(東スポWEB)。
2018年8月、44歳のときにはソフトバンクの記者発表会にHIKAKINさんと出席しました。このときは「仕事をYouTuberに食われている感じが…」と、芸人としての危機感を話しています(ORICON)。
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▶ 再生その2年後の2020年2月22日、46歳の誕生日に自身のYouTube『陣内智則のネタジン』を始めました(Wikipedia)。4月には、ゲームの『大人の脳トレ』に挑むコントを公開しています(陣内智則のネタジン)。
11月5日には『桃太郎電鉄』の新作の発売記念イベントで「桃鉄PR大使」になり、「陣内桃則に改名します」と発表しました。「僕はもう、桃則でいいです!」とも話しています(ORICON)。11月28日からは、陣内『桃』則として同作のテレビCMに出ました(ORICON)。
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49〜52歳:芸歴30年、タキシードやサングラス姿でも登場
芸歴30周年の2023年、49歳の陣内さんは上海・台北・ソウルを回るアジアツアーを発表しました。ツアー名について「お笑いの世界に飛びこみ『リミテッド』というコンビ名で挑戦しました。ピン芸人になった今『アンリミテッド』というタイトルでアジアツアーに挑みます」と説明しています(東スポWEB)。
2024年6月8日放送のテレビ大阪の特番では、50歳の陣内さんとケンドーコバヤシさんがタキシード姿で新しい社屋の周りを訪ねました(ORICON NEWS)。
2025年3月に51歳で公開したコント「美容院」は、「初めて行った美容院で戸惑う陣内」を描いた新作です(陣内智則のネタジン)。
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▶ 再生7月には、昔からの人気ネタだったカーナビのコントの最新版を出しました。冒頭で「今の最新版のカーナビなら、こんな感じのことあるんじゃないか? 今風のカーナビにしてみたので」と説明し、「後半のボケは大昔のボケを使ってますので」とも話しています(乗りものニュース)。
2026年7月2日、52歳の陣内さんはサングラス姿で記者発表会に登場しました。くら寿司の新しい店の発表会にダイアンの2人と並び、陣内さんはグレーのスーツでした。テーマは「イタリアダンディ男」で、サングラスを外す流れになると「もうサングラスが外せないです。漆黒にすればよかった」と苦笑いしました(ORICON NEWS)。
8月12日には、芸能人の昔の写真を紹介するMBSの特番『芸能人お宝写真の祭典 輝け!フォトデミー賞』でMCを務めました。2005年から2010年まで司会をした『ジャイケルマクソン』の人気コーナーが、約20年ぶりに復活したものです。収録の後には「20年ぶりの収録でしたが変わらぬ哀愁があって」と話しています(ORICON NEWS)。
陣内智則の顔は変わった?若い頃との違いを本人と共演者の言葉で整理
陣内さんが整形を公表した事実はありません。
若い頃の見た目について本人の言葉でわかるのは、19〜20歳のころは眼鏡をかけていたことです。最初のレギュラー番組を眼鏡の反射で降ろされた話は、2022年の『A-Studio+』と2024年の取材で繰り返し話しています(デイリースポーツ/ORICON NEWS)。眼鏡をいつやめたのかを本人が話した記事は、見つかりませんでした。
見た目についての周りの言葉もあります。2026年11月4日に千原ジュニアさんは自身のYouTubeで、知り合いの映画監督が陣内さんをひと目見て「華が、めっちゃあるな!」と言ったことを紹介しました。そのうえで「陣内もポップな、そういうタレント性というかさ。自分ではどうしようもないもんがあるよな…」と話しています(デイリースポーツ)。
この記事の動画は、33歳(2008年)から52歳(2026年)までの公式の映像です。眼鏡の若手時代から『エンタの神様』の30代やYouTubeを始めた40代まで、年代ごとに出る場所や衣装が変わってきたことがわかります。年代順に見比べてみてください。
まとめ:陣内智則の顔の変遷(年表)
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1974年 | 0歳 | 2月22日生まれ(兵庫県加古川市出身) |
| 1992年 | 18歳 | 小学校からの同級生とNSC大阪校(11期)に入り、コンビ「リミテッド」を組む |
| 1993〜1994年 | 19〜20歳 | 芸人デビュー。最初のレギュラー番組を、眼鏡の反射で降ろされる(本人談) |
| 1995年 | 21歳 | コンビを解散し、ピン芸人に |
| 1997年 | 22〜23歳 | 音声や映像にツッコむネタの形が生まれる |
| 1999年 | 25歳 | 『爆笑オンエアバトル』で当時の最高537KB |
| 2003〜2004年 | 29〜30歳 | 『エンタの神様』で全国へ。初CM(桃鉄)、単独ライブ「NETAJIN」 |
| 2011〜2012年 | 37〜38歳 | 韓国で初の海外公演。映画『ソラからジェシカ』で主演 |
| 2013〜2018年 | 38〜44歳 | お笑いの大会の審査員、『ネタパレ』副支配人。ロサンゼルス公演 |
| 2020年 | 46歳 | YouTube『陣内智則のネタジン』を始める。「陣内桃則」として桃鉄のCM |
| 2023年 | 49歳 | 芸歴30周年でアジアツアー「アンリミテッド」 |
| 2026年 | 52歳 | サングラス姿で発表会に登場。『テレビ×ミセス』の進行、NGK 39周年の司会 |


