2026年10月19日、DREAMS COME TRUEの公式サイトが、新しいアーティスト写真を公開しました(DREAMS COME TRUE 公式)。西スポWEB OTTO!は、「普段はマスクを着用していることが多い吉田が〝レアな素顔〟を披露した。」と伝えています。ネットには「吉田美和も還暦か〜 若く見えるね」「だいぶ顔の印象が変わった」といった声が寄せられました(西スポWEB OTTO!)。
吉田美和さんについて検索すると、「顔変わった」「若い頃」「現在の顔」という言葉が並びます。北海道池田町の高校でバンドを組み、23歳でデビューした若い頃から、61歳の今まで、報道と公式の動画で年代順にたどりました。
最新の吉田美和:61歳、新しいアーティスト写真で〝マスクなし〟の素顔
吉田美和さんは1965年5月6日生まれ、北海道中川郡池田町出身。DREAMS COME TRUE(ドリカム)のボーカルで、グループの楽曲すべての作詞と、数多くの作曲を手がけています(Wikipedia)。
新しいアーティスト写真は、11月25日発売の「サヨナラとバトン EP」の発表と一緒に公開されました。撮影は写真家の蓮井幹生さんです(DREAMS COME TRUE 公式)。西スポWEB OTTO!は写真の吉田さんを「帽子に薄いブラウンのパンツスーツをまとい、足元にはブルーのパンプスを合わせたスタイリッシュな装いを見せている。」と描写し、「パンプスを履いているみーちゃんがとても新鮮です」「61歳なんだから変わって当たり前」という声も紹介しています(西スポWEB OTTO!)。
2026年3月には、中村正人さんがタワーレコード渋谷店の前で撮った2人の写真をSNSで公開しました。THE FIRST TIMESは「キャップ+マスクで、軽く変装してはいるものの、2ショット写真でのふたりは、明らかにドリカム。」と伝えています(THE FIRST TIMES)。
10月12日に始まったフジテレビ系の月9『救命病棟24時』では、1999年の第1シリーズから続けて主題歌を担当(リアルサウンド)。新曲「サヨナラとバトン」について、吉田さんは「この曲に向かっているときは、心のなかでじっと正座をしているような感じでした」と話しています(音楽ナタリー)。
吉田美和の若い頃:池田町のバンド少女が23歳でデビュー
池田町の小・中学校から帯広柏葉高校に進み、「高校時代はポピュラー音楽研究部に所属し、「ウィザード」というバンドで自主コンサートを開いて音楽活動をしていた」といいます(Wikipedia)。
小泉今日子さんや中山美穂さんのバックボーカルなどに参加しながら、1988年1月にドリカムの前身「CHA-CHA & AUDREY’s PROJECT」を結成。1989年3月21日、23歳のときに、1stシングル『あなたに会いたくて』と1stアルバム『DREAMS COME TRUE』を同時に出してデビューしました(Wikipedia)。
1990年2月の「笑顔の行方」で初めてオリコンのトップ10に入り、同じ年の暮れには「笑顔の行方」でNHK紅白歌合戦に初出場(Wikipedia)。下の動画が、24歳のころの吉田さんです。
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▶ 再生1991年には、4年に一度の大型ライブ「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND」が始まり、1992年4月には初めてのテレビのレギュラー番組『うれしたのし大好き』がスタート。同じ年の「決戦は金曜日」で初のミリオンセラーになりました(Wikipedia)。
20代後半〜30代:資生堂のCM、ソロデビュー、TIMEの表紙
1993年秋には、資生堂“レシェンテ”のCMに初めて出演しました(Wikipedia)。1995年にはシングル「LOVE LOVE LOVE」を発売。12月にはアルバム『beauty and* harmony』でソロデビューし、題名は名前の「美」と「和」を英語にしたものです(Wikipedia)。
1996年10月、「米国誌「TIME」の表紙を飾る」(Wikipedia)。1999年には、『救命病棟24時』の第1シリーズの主題歌「朝がまた来る」を歌っています。
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▶ 再生
▶ 再生ステージの姿をつくってきたのは丸山敬太さんの衣装
1991年から、ドリカムのステージ衣装はデザイナーの丸山敬太さん(KEITA MARUYAMA)が手がけています。丸山さんはインタビューで、「あらゆる場所で、彼らの衣装がやりたいと言い続けていました。」と振り返り、自分の連載を吉田さんがスクラップしてくれていたらしく、そこから話が進んだと明かしています。それまでは衣装も自分たちで考えていたそうです(ニューヨーカー オンラインストア)。
2024年11月には、衣装の歩みをまとめた書籍『DREAMS COME TRUE COSTUME BOOK』が出版されました。FASHIONSNAPによると、全9ツアー分の衣装を振り返るほか、「吉田がプライベートでも愛用している「ケイタマルヤマ(KEITA MARUYAMA)」の私服コレクション」も載っています(FASHIONSNAP)。年代ごとの「見た目の印象」は、ステージの衣装と一緒に変わってきたと言えそうです。
40代〜50代:「大阪LOVER」、紅白のトリ、故郷の記念館
2004年にはデビュー15周年の映画『アマレット』を自主制作し、中村さんと一緒に原案と主演を担当。2005年には故郷の池田町に、衣装などを展示する「DCTgarden IKEDA」が開館し、2008年には池田町で初めての町民特別栄誉賞を受けました(Wikipedia)。紅白歌合戦は2009年・2010年に紅組のトリを務め、出場は計15回です(Wikipedia)。
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▶ 再生
▶ 再生
▶ 再生60歳前後:35周年と、9年ぶりのアルバム
2024年7月には、故郷の池田町で35周年のライブ「ドリカムとドリカムの日」を開催。THE FIRST TIMESは、セットリストが「吉田美和完全責任編集で、彼女の感じる“池田町の風景”が織り込まれた楽曲がラインナップされた」と伝えています(THE FIRST TIMES)。
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▶ 再生2026年3月18日、9年ぶりのオリジナルアルバム『THE BLACK ◯ ALBUM』を、あえてCDだけで発売しました。公式サイトは「デジタル配信主流の時代に、「まずは“CDアルバム”というカタチで伝えたい!」と、“CD ファースト チャレンジ!”」と説明しています(DREAMS COME TRUE 公式)。3月12日にはNHK『SONGS 700回スペシャル』でNHKホールのライブを披露しました(THE FIRST TIMES)。
3月21日から9月27日までのツアーは「約30万人を動員したチケット即完アリーナツアー」になり、最後の曲では、吉田さんが1995年のワンダーランドで使ったエレキギターを弾きながら歌いました(DREAMS COME TRUE 公式)。
吉田美和は顔変わった?整形は?
吉田美和さんが整形を公表した事実はありません。
今回「顔が変わった」と話題になったのは、10月19日の新しいアーティスト写真へのネットの声です(西スポWEB OTTO!)。本人がこの声について話した記事は、2026年10月25日の時点では見当たりません。西スポWEB OTTO!は、ふだんはマスク姿が多い中での〝レアな素顔〟だったと伝えています。
デビューのころから61歳の今まで、上の動画では時代ごとのステージの衣装や装いも見比べられます。ネットの「61歳なんだから変わって当たり前」という声(西スポWEB OTTO!)のとおり、37年分の年月と、その時々の装いの違いを楽しむのがよさそうです。
まとめ:吉田美和の若い頃から現在まで
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1988年 | 22歳 | ドリカムの前身「CHA-CHA & AUDREY’s PROJECT」を結成 |
| 1989年 | 23歳 | 3月21日、DREAMS COME TRUEとしてデビュー |
| 1990年 | 24〜25歳 | 「笑顔の行方」で初のトップ10、紅白に初出場 |
| 1991年 | 25〜26歳 | 「史上最強の移動遊園地」が始まる。衣装は丸山敬太さん |
| 1993年 | 27〜28歳 | 資生堂“レシェンテ”のCMに初出演 |
| 1995年 | 29〜30歳 | 「LOVE LOVE LOVE」。ソロアルバム『beauty and* harmony』 |
| 1996年 | 31歳 | 米誌「TIME」の表紙に |
| 1999年 | 33〜34歳 | 『救命病棟24時』の主題歌「朝がまた来る」 |
| 2009〜2010年 | 44〜45歳 | 紅白歌合戦で紅組のトリ |
| 2024年 | 59歳 | 35周年。故郷の池田町でライブ。『COSTUME BOOK』出版 |
| 2026年 | 60〜61歳 | 9年ぶりのアルバムとツアー。『救命病棟24時』の主題歌「サヨナラとバトン」。10月19日に新しいアーティスト写真 |

